奈良県の土砂災害の歴史

1.はじめに

筆者は,全国各地の歴史時代における土砂災害の調査研究を続けている.本稿では,奈良県についての,これまでの調査成果を発表する.
奈良県は近畿地方の中央に位置し,吉野川に沿って走る中央構造線を境に,北部低地と南部の吉野山地とに大別される.北部低地は,寺院や古墳群が多く分布する奈良盆地を囲むように,標高500~600mの山地が連なり,南部の吉野山地は,標高1,000m以上の急峻な山地が,奈良県全土の約2/3を占めている.
気候は,北部の盆地は内陸性気候であるが,南部の山地は日本屈指の多雨地域であり,特に夏から秋にかけての台風による豪雨で大規模な土砂災害が発生している.
以下に,奈良県における歴史災害の代表的な事例を示す.

2.地震の記録と土砂災害

奈良県に被害を及ぼす地震は,内陸直下型地震と南海トラフによる海溝型地震に大別される.東西に走る中央構造線を境に,北部は活断層の分布密度が高く,内陸直下型地震による被害記録も多い.しかし,地震を誘因とした大規模な土砂災害の記録はない.主な歴史地震について以下に概説する.

(1)宝永四年十月四日(1707.10.28)宝永地震(M8.6)
奈良県は,南海トラフで発生する地震でも被害を受けることがある.宝永地震では,家屋の全壊280と記録されている.奈良県南部の震度は6弱程度であったので山崩れが発生した可能性はあるのだが,今のところ記録が発見されていない.また,宝永地震以外にも,安政元年(1854),昭和19年(1944),昭和21年(1946)等の南海トラフ系の地震においても,津波や家屋被害記録は多くあるが,大規模な土砂災害の記録は見あたらない.

(2)嘉永七年六月十五日(1854.7.9)伊賀上野地震(M7.3)
奈良県へ被害を与えた歴史地震の中では,伊賀上野地震が最大の被害地震である.この地震は木津川断層を震源として発生したと考えられ(地震調査研究推進本部),被害は伊賀上野で最も大きかったが,奈良県の被害も甚大であった.奈良の死者280人,全壊家屋700~800と記録されている.奈良の古市では堤防が決壊し,約60人が死亡した.奈良県内においての震度は5強~5弱であり,山崩れが発生した可能性は十分に考えられるが,記録は見あたらない.この他にも,昭和27年(1952)吉野地震(M6.8)では死者3人の被害があった.

3.降雨を誘因とした土砂災害

奈良県において,降雨を誘因とした災害は,北部低地においては洪水災害の記録が,南部の紀伊山地においては大規模な土砂災害の記録が古くから多く残っている.

(1)享保六年(1721) 「三子谷災害」
上北山村木和の三子谷で大崩壊が発生し,木和田川(小像川上流)で天然ダムが形成され木和田集落下に約1年間湛水した.天然ダムは翌年に決壊し,下流の民家,田畑などが流失した.字田戸の被害が最大で,一面土砂に埋没した.

(2)明治22年(1889)8月20日 「十津川災害」
この豪雨災害は「吉野郡水災誌」に記録されている.十津川村、野迫川村、天川村等の各地で大規模な崩壊が多数発生するとともに天然ダムが形成・決壊して広範に被害を発生させた大規模土砂災害であった.この災害を契機に,十津川村の約2割の住民は北海道へ移住し新十津川村が誕生した.平成23年(2011)にも同様の災害が発生した.

(3)昭和34年(1959)9月26日 「高原の山津波」
26日午後9時頃、舟の山付近で山崩れし,高さ200m,幅150mの山津波が発生し,死者58人,家屋15戸倒壊・埋没.川上村全体の死者は72人であったが,その8割が高原に集中した.集落背後の山崩れで,人口が集中する地域を直撃したことが被害を大きくした.

奈良県の主な土砂災害年表奈良県の主な土砂災害年表

奈良県の主な土砂災害分布図奈良県の主な土砂災害分布図

4.まとめ(奈良県の歴史災害の特徴)

奈良県は過去(2006~2016)の土砂災害の発生件数でみると,毎年47都道府県中30位前後であり,土砂災害が少ないと認識されがちであるが,ひとたび台風などによる豪雨があると大規模な土砂災害となる.発生誘因の多くは台風による豪雨に関連している事例が多く,地震を誘因とした事例はほとんどない.代表的な事例として,明治22年(1889)十津川災害,平成23年(2011)紀伊半島大水害が挙げられるが,いずれも大規模な山崩れとそれによる河川の堰止め(天然ダム)による災害である.
しかしながら,中央構造線,京都盆地-奈良盆地断層帯,木津川断層帯といった内陸活断層の存在と南海トラフ,今後これらによって発生する地震で大規模な土砂災害も懸念される.
奈良県は,世界遺産となっている東大寺,薬師寺,唐招提寺をはじめ日本有数の観光資源を有し,海外からの観光客も多く,防災対策は大変重要である.今後も,未調査・未発掘の歴史記録を出来る限り分析し,歴史時代に発生した土砂災害の現象をより詳細に追跡したいと考える.

5.文献

宇佐美龍夫・石井寿・今村隆正・武村雅之・松浦律子(2013):日本被害 地震総覧599-2012,東京大学出版会,694p.
宇智吉野郡役所(1891):『明治二十二年 吉野郡水災誌』巻之一~巻 之十一(全11巻),復刻版.
都道府県別土砂災害発生状況(国土交通省砂防部). 奈良県防災統括 室WEB.地震調査研究推進本部WEB.

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たかまさ

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